フランス帰りシェフの信州田舎暮らし。

8年前にフランス料理修業を終えて故郷の佐久市に帰ってきました。夏は軽井沢で出張シェフ、冬は白馬でホテルの総料理長。畑仕事にワイナリー巡りに11月は1ヶ月のフランスバカンス。今迄に無い料理人の生き方を模索中。

グランメゾン東京と自分。

今更ですが「グランメゾン東京」面白かったです。

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観た方の感じ方も色々でしょうが、自分があのドラマを観た時に思ったのは「フランスで日本人初の2ツ星を取ろう!」と奮闘したPassage53時代そのままで、パリの最前線の仕事が懐かしかったです。
Passage53の結果はオープン1年目で1ツ星、2年目で2ツ星のスピード出世。
フランス時代で1番楽しく成長出来た時期だったと思います。
尖った主人公も佐藤シェフそのままですし、1階からの細い階段や少し狭いテーブル席に丸テーブルも似ているな、と(笑

 

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当時のスタッフはそれぞれ独立したりと違う道を進んでいますが、昨年も今年も自分のフランスバカンス時に集まってワイン飲みながら語りました。

 

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日本ワインとワインからのアプローチの回も自分がフランス帰国時からずっとやっていた事でしたから、ドラマでやってくれるようなこんな時代が来たと素直に嬉しかったです。

 

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今の自分は夏は軽井沢で出張料理、冬は白馬のホテルの料理長とミシュランの星に関係の無い仕事をしています。

そもそもミシュランの3ツ星を取る作業は業種は違えどオリンピックの金メダルを目指すイメージ。

例えば開催中だけ盛り上がるマイナーな種目の選手は、厳しい言い方をすれば金を取らないと世間的には何も残らないなと。

日本におけるミシュランの星を目指すフランス料理人も同じようなものかなと思いもします。

更にそこには個人は勿論、スポンサーや他の力。

例えば金銭的なサポートも必要な訳で、、。

自分にその才能も努力も足らないのはパリで凄い料理人と働いて感じましたし、そこに活路を見出せないのであれば他の道のトップを目指すべきだとも思いました。

幸いにもまだ自分が始めた頃は軽井沢に出張料理サービスはまだ定着していなかったですし、日本ワインの注目度も低かったです。

最初はこの道で行けるとは思いながらも、30過ぎでこんなに仕事が無くて良いかと悩んだ時期もありました。

 

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今では軽井沢で固定客を掴む事が出来て、更に白馬のホテルの料理長も任されるようになり、実家の畑仕事を手伝いながら普通に田舎で生活する為の金銭的な心配は無くなりました。

 

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自分の畑で育てたハーブや花を使って料理が出来るのも田舎生活はイイですね。

フランスから帰国して7年ですが、やっと定着しました。

 

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リゾートに有りがちなハイシーズンにやれやれと働き始めるやる気の無い日本人と働きたくなかったので、外国人だけのスタッフ、宿泊客の公用語が英語の白馬の職場は自分にとっては最高です。

 

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元々はフランスでビストロ主体に修業をしてきたので、ガストロノミー重視の軽井沢の仕事とは違うスキーやボードを楽しまれた方々がお腹一杯にお酒と楽しんで頂ける料理を提供出来ている事にやりがいを感じています。

(写真が無いので、会社のマネージャー試食会の様子。)

外国人のお客さんも「シェフ、最高だったよ!」と素直な感想が嬉しいです。

 

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全然有名ではありませんし雑誌に載るような活躍もしていませんが、軽井沢のニーズ(素材を活かしたガストロノミー)、白馬のニーズ(肉、ジャガイモ、根菜中心の冬のビストロ料理)に合わせて自分の経験を活かしたサービスを提供出来ているとは思います。

パリの有名ビストロで働いていた時のシェフの言葉「星付きレストランでも毎日満席とは限らない。しかし俺の店は毎日満席でお客さんの笑顔が最高だろ?」は正にそうだと思います。

 

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ドラマの最終回、ミシュラン発表会で話していた「料理人には色々な可能性がある。」のはその通りだと思います。

昨シーズンのバカンスにコペンハーゲンにも寄って、現地の料理人とデンマークの食のシーンを勉強させて頂きました。

優れた料理人が単純に凄いレストランを造るのではなく、もっと食育などの分野で活躍されているのが凄いなと。

地元佐久は健康長寿の街ですから、ここから体に良く美味しい食事を追求、発信していきたいですね。

 

まだまだやりたい事はたくさんあります。

東京オリンピックのある今年は勝負の年になりそうです。

飛躍の年にしたいと思います。