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フランス帰りシェフの信州田舎暮らし。

4年半の料理修行を終えて地元信州に帰ってきました。帰国後の出来事、感じたことをつらつら書いていきます。

Etienne Sauzetを訪問。

フランスのドメーヌ。 フランス旅行。
ブルゴーニュのドメーヌ訪問2日目は3軒のドメーヌを訪問しました。

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3軒目は「Domaine Etienne Sauzet」

ルフレーヴと並んでピュリニー・モンラッシェの2大巨頭がエティエンヌ・ソゼです。

2年前にルフレーヴは訪問しているので、これで両方の訪問が出来ました。

ソゼ家はフィロクセラ禍がフランス全土を襲う前、約150年前から葡萄栽培と菜園業を営んでいた旧家。約70年ほど前の1935年頃から、当時としては画期的な「元詰め」を始め、フランス各地の著名レストランを顧客に直売してきたという名実共に今日的ドメーヌの先駆者です。

ドメーヌに名を冠する創始者、エティエンヌ・ソゼは1903年生まれ。1925年. 結婚を機に夫人の実家からもたらされたわずか数ヘクタールの相続畑を元にドメーヌを興しました。。年々畑を拡大し、戦後には12haあまりを所有するようになりました。

2代目当主のジェラール・ブード氏はディジョン大学で醸造を学んでワイン造りの道に入り、ヴォルネィの名門プース・ドールで働き始めた1974年、ボーヌの醸造学校で知り合ったソゼ氏の孫娘妻、ジャニーヌと結婚。

翌年ソゼ氏が死去すると栄光のソゼを引継ぎます。

しかし1991年の相続にあたり、ソゼ氏の持ち分が9haに減少すると(減少分はポマールのジャン・マルク・ボワイヨが相続)、ブード氏は不足を補うためネゴシアン業を始めます。契約農家はブード氏の栽培理念に賛同する農家のみ選び、ほとんどを葡萄の状態で購入し、ドメーヌ内で醸造から出荷までを行なっています。

あくまでも12haを所有していた時代の顧客のために行うネゴシアン業であり、品質のためにもこれ以上ネゴシアン業による生産を増やすつもりはないそうです。

(ネット資料参照)

ちょうど行った日はアメリカで大きな試飲会があったそうで、著名な生産者は現地には居ませんでした。

しかし、ここは下に任せて行かなかったみたいです。(そういえばジャン・グリヴォも同じ事を言っていたような?)

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試飲は奥の試飲スペースで全て瓶試飲です。

Puligny-Montrachet '13

Puligny-Montrachet 1er cru La Gaienne'13

Puligny-Montrachet 1er cru Les Referts'13

Puligny-Montrachet 1er cru Les Perrieres'13

Puligny-Montrachet 1er cru Les Folatieres'13

Puligny-Montrachet 1er cru Le Champ Canet'13

Puligny-Montrachet 1er cru Les Combettes'13

Batard-Montrachet'13

Chevalier-Montrachet'13

村名は7つの区画の葡萄を混ぜて造られるそうです。

プルミエ・クリュもそれぞれの位置関係とその特徴を聞きながら試飲をしていきました。

最後にはグラン・クリュのバタールとシュヴァリエ・モンラッシェ。

内容の濃い試飲でしたね。

当主自らで恐縮してしまい、写真はほとんど撮っていません。しかし、普通にこれほどソゼのワインを1度に試飲できる事も無いので、貴重な経験になりました。

今年は計6軒のドメーヌ訪問、充実した2日間でした‼︎